物語の断片

境の血龍

事故だ。 車内に収まっていたはずの僕の体は、夜道の硬いアスファルトの上に横たわっていた。 助けを呼ぼうとか、起き上がらなければとか、そういうことを考える余裕もないくらい、体の様子が"わからなかった"。あるいは無意識に知っていたのかもしれない。 …

最後の日

今日は人生最後の日だ。準備ができていたと言ったらそれは嘘になるだろう。何故なら今日がその日であることを知ったのは、朝起きたその瞬間だったからだ。 ああ、そうか。今日が最後なんだな。 そうして僕はベッドから抜け出した。なんの変わりもない朝だっ…

夕刻

暮らしていれば変わる毎日、何をせずとも進んでいくような気がしていた。止まっていることに気付いたのはつい最近のこと。当たり前のように刻み行く体温、心臓の鼓動、それだけを頼りとして私のあれやこれやは回っていた。 どうしてここにいるのだろう。何故…

霜月の夜

揺られている。川のように流れる音は、同じようで刻々と変わっていく。流れて止まり、止まってはまた流れる。その繰り返しの音を延々と聴いている。 たまに目の前を足音が通る。足音は外へ発っていき、そうしてまた新しく入ってくる。2つ、3つ、増える。 定…

ハロウィン

一年に一度、現世に夢を見られる日。 それが今日、ハロウィン。 私はずっとお墓にいるの。 ずっと、ずっと、雨の日も雪の日も。 お外に出られるのはハロウィンのたった一日だけ。 ぼろぼろに腐った服でもいいの。大好きだったお洋服をまとって生者の世界を歩…

麻酔

切ってしまった肌の隙間から、涙がぽろぽろと流れ出る。 いつぶりだろうか。こんなに寂しくなったのは。前に泣いたのはいつだったろう。よく覚えていない。あのときは泣こうと思って泣いたはずだったけど、今日は違った。まるで溜めていたいろいろを決壊させ…

サイレン

光を見上げている。 いくつあるかもわからない、光のひとつひとつが 深く染まった夜空から線を描いて落ちていく。 光のひとつが大きく光り、こちらへ向かって降りてきた。 肩で光がこう言った。 「君といるのは青い炎」 光は青く燃え上がると、深紅の色合い…

魔法の薬

飲むと美しくなれる魔法の薬がありました 綺麗なビンに入った魔法の液体 ”一週間に一度飲むことで あなたは少しずつ美しくなっていきます” そんな文句で売られていました ある時 美しい人間になりたかった彼女がそれを手にしたのです 「これで わたしは 美し…