境の血龍

 事故だ。

 車内に収まっていたはずの僕の体は、夜道の硬いアスファルトの上に横たわっていた。

 助けを呼ぼうとか、起き上がらなければとか、そういうことを考える余裕もないくらい、体の様子が"わからなかった"。あるいは無意識に知っていたのかもしれない。

 視界の端に、買ったばかりの車が無残にひしゃげているのが見える。

 ああ、あれに乗れたのはほんの僅かな間だったなあ。もう運転はできないだろうな。

 そんなことを考えながら、おや、と思う。もう運転はできない? 何故そう思うのだろう? あの車を運転はできなくとも、もう一度車に乗る時が来れば……

 左足の惨状に気付いたのは、この時だった。僕の左足は途中から千切れて失われていた。

 その瞬間、全身が石にでもなったかのように、僕は一切の動きが取れなくなった。ただでさえぬくもりの感じられない体が、凍るように冷えた。上がらない悲鳴が頭の中を支配して、あるはずのない現実と絶対的な恐怖、そして遅れてやってきた痛みが、動けない僕に容赦なく襲い掛かる。他のことなどもう何も考えられなかった。意識も体もどこにも逃げることができない。絶望感に意識が遠くなりかける。

 突然、熱を持った何かが体の中を掻き回すようにグルグルと暴れだした。全身が痙攣する。左足が歪んだような感覚がしたのも束の間、千切れた脚から赤黒い液体が大量に吹き出して──そのまま蛇のようにとぐろを巻き、首をもたげた。

《お前の望むことはなんだ?》

 龍のような"それ"は、こう語りかけてきた。

「望むこと……?」

《そうだ。お前の望みはなんだ?》

 そう言って龍は僕を見下ろしている。口元に蓄えられたヒゲが風もないのに揺れている。角度が少し変わるたび鱗が表情を変え、その体がなみなみとした液体──僕の血液によって成っていることを思い出させられた。龍の荘厳な印象に、僕はただ圧倒されていた。